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きょうふおう
恐怖王
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页
蘭堂は、そうしていても果しがないと思ったのか、生腕の上にかがみ込んで、気味悪いのを我慢しながら、二本の指でそれをつまみ上げた。
電燈にかざしてよく見ると、確に女の、しかもまだ若い女の腕だ。
「マア、可哀相に、誰かが殺されたのでしょうね」
夏子が声をかけても、蘭堂は生腕の指先を見つめたまま、身動きもしなかった。
やがて、徐々に徐々に、彼の顔色が変って行った。両眼は飛出す程見開かれ、口はポッカリ開いて、呼吸が烈しくなって行った。
「アラ、どうなさいましたの? 先生、先生」
夏子は相手のただならぬ様子に、我が裸身を忘れて、近々と蘭堂に寄り添いながら叫んだ。
「僕はこの指に見覚えがあるのです」
「エ、なんでございますって?」
「アア、恐ろしい。僕はこの腕の持主を知っているのです。思違いであってくれればいい。だが、よもや……」
蘭堂は云いさして、フラフラと倒れ相になった。
アア、彼程の男を、かくも悩乱せしめた、この生腕の主とは、抑々何人であったか。そして又、彼の恐ろしい推察は、果して適中していたのであろうか。
令嬢消失
大江蘭堂は、その生腕の小指にある、小さな傷痕に見覚えがあったのだ。