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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

「はッ。はい……」

光秀の面色は、その酔も、きんか頭の額の照りまでも、さっと褪せて、土のように変じていた。

「座を退れ」

信長の扇は、彼の頸すじから離れたが廻廊を指して、なお剣の如く見えた。

「何事か存じませぬが、御けしきを損い、光秀、恐懼身のおき場も弁えませぬ。どこが悪いと、お叱りくださいましょう。この場にて、お叱りくださるも厭いませぬ」

詫び入りながらも、彼は、平伏したまま、身を辷らせて、廻廊の広縁へさがった。

信長も、そこへ出た。

どうなることかと、満堂の人々は酔をさまし、口腔の乾く思いをじっと抱いていた。

――どたっと、そこの板の間に大きなひびきがしたので、わざと、気のどくな光秀のすがたから眼をそらしていた諸将も、はっとして、室内からみな振り向いた。

扇は、信長のうしろへ、投げすてられてある。

見ると、信長は。

こんどは手ずから光秀の襟がみをつかんでおられる。そして何かいわんとする光秀にその余裕を与えず、ずずずと圧して、廻廊の欄干まで押し詰め、もがく頭を、ごつごつ欄干に小突いていた。

「――なんというた。日向。たった今、なんというたか。――われら、骨折りたる効あって、この甲州に織田家の兵馬が充満ちて見ゆるは、まことにめでたい日であるとな。