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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
06 第六分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页
春騒譜
「日頃、ひとの前では、薙刀を持つなどはおろか、口すらよう得きかぬほど、内気なあの婦人が……」と。
しかし、彼自身、今はすることが迫っていた。そのまま、狭間から大声あげて敵へ云った。
「信長、信忠の手勢ども、しばし常に返って、虚空の声を聞け。この世の千年も歴史では一瞬。信長いま覇を誇るも、散らぬ桜やあらん、燃えぬ覇城やあるべき。――永劫、散らず、燃えず、不朽のものとは、どんなものかを、いま見せてやる。信玄が五男五郎信盛が見せてやる」
織田兵がそこへ登って来てみた時は、腹十文字に掻っ切った死体のみで、首はもうなかった。そしてここも一瞬のまに春の夜空を焦がす火柱と化った。
春騒譜
新府韮崎城の混雑は、この世の終りを叫んでいるようだった。
「はや高遠も陥ち、御舎弟信盛様以下、城とともに、悉くお討死の由にござります」
こう家臣から聞いたとき、武田四郎勝頼も、動ぜぬ顔色に受けて、
「ううむ、そうか」
とはいったが、さすがに、いまは自分の力の及ばないことを、明らかに観念した容子であった。
つづいて、次の早打には、
「織田中将信忠の兵は、すでに上諏訪から甲斐へ乱入――御被官の一条右衛門大輔どの、清野美作どの、朝日奈摂津どの、山県三郎兵衛どの御子息など、戦うも降るも、容赦なくこれを殺し、斬っては路傍に梟けながら、潮のごとくこれへ近づき