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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

有馬の湯

しずかに、礼儀をして、半兵衛とともに君前を退って行った。信長は楼上の欄へ出て、その小さいすがたと半兵衛の影が城門を出てゆくまで見送っていた。

あくる朝、播磨へ向うべく、安土を早く立った。京都を通った。南禅寺の屋根は蹴上からその森を見下ろしただけで、遂に立ち寄らなかった。

半兵衛の心には、もう妹のことも国許のこともなかった。あるはただ戦陣のことだけだった。楽しみは、何事も、

(――死後の花見)

と期する百年の後にしかなかった。

有馬の湯

有馬の温泉町は暮れかけている。池之坊橘右衛門の湯宿へ、いま、ふたりの武士がそっと入った。

ひとりはただの旅すがた、ひとりはひどい跛行である。衣服も粗末、垢じみているどころか、側に寄ると臭いほどだった。

「すぐ寝床をひとつ展べてくれい」

部屋にすわると、宿の者へ、ひとりがすぐいいつけた。――跛行の男は、すぐ身を横たえた。

「いたみますかな」

「……どうやら、熱を持って来たらしく、膝ぶしの傷口が、火でもあてているように感じられる。はて、残念な」

跛行の男は、数日前、南禅寺の一庵で、竹中半兵衛とわかれて来た官兵衛孝高なのである。