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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

銭と信長

中国陣の秀吉と、安土にある信長とは。

秀吉は相かわらず軍務のひとつとして、まめに安土へ消息を出していた。信長はいながら毛利の版図を俯瞰していた。そして、

「――彼さえおれば」

と、その方面の策略は、安心していたにちがいない。

その秀吉を、中国へ見送ってから、安土で年を迎えた信長には、新春と共に、年暮の混雑へさらに輪をかけたような多忙がめぐって来た。いや、多忙を作っていたというほうが適切である。

天正十年、壬午正月。

隣国の大小名、御近族の御衆、そのほか参賀の輩、百々之橋よりおのぼり成され候に、夥しき群集にて、築垣を踏みくづし、石と人と一つになつてくづれ落ち、死人も有、怪我人は数知れず、刀持、槍持の若党共は、槍刀を失ひ、迷惑したるもの多し……「信長公記」

正月早々、年始の客は、こんなふうに安土城へ押しかけたものとみえる。ひとりの信長へ、ひと口の年賀をのべるために、あの総見寺山の広い石段道や大手の惣門から奥へかけて、こんなにも芋を洗うような混雑を呈したとは、信長の威光というか人気というか、人心の流れ方というものの怖ろしさをさえ考えさせる。

もっとも、人死にすらあった程だから、ことしの年賀は、特に異例で、毎年こんなことがあったわけでもあるまい。