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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

05 第五分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 197,228 字 · 394 页

青空文庫

秀吉以下、近づくと、

「この先によい寺があります。三珠院という真言寺が」

と、すぐ先に立ってゆく。

一叢の幽翠につつまれて閑寂な庫裡や本堂が見える。秀吉は山門に駒をすて、近侍たちとともにぞろぞろと入って行った。

声をかけても、誰も出て来ないのである。秀吉はかまわず本堂へあがって、本堂のまん中にひとり坐っていた。

にわかに庫裡のほうで、人の気はいがしはじめた。寺僧の耳に通じたとみえる。それとまた、城主の休息という思いがけない不意打ちに、寺僧たちは狼狽もしたにちがいない。

「騒がすな、気の毒だ。ただ早う茶をひとつくれい。喉が渇いた」

秀吉の声が本堂ですると、側の一室に見える衝立のかげで、

「はいッ、ただ今」

と、はっきり返辞がきこえた。

衝立のほうを振向いて、秀吉はひょいと小首をかしげた。

すずやかな声であったが、女とも思われない。寂とした伽藍のせいか、よく澄み徹って、しかも可憐なうちに力がある。

――などと彼が不審を感じているうちに、その眸へ向って、つつつと、小きざみに足を早めて、茶碗をささげて来る少年があった。

「…………」

黙然と、礼儀をし、小袱紗に茶碗をのせて、秀吉の前にすすめる。