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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

05 第五分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 197,228 字 · 394 页

青空文庫

羽翼を殺ぐ

「おもしろいものだなあ。世のなかとは」

天井を仰いで、思わず声を発すると、声は虚音と化して洞然とひびいた。

おもしろい世の中。

それも毎日がここのように真っ暗では、彼とても、如何とも興を感じようがあるまい。

やはり虚あり実あり、色相あり、空相あり、怒りあり、歓喜あり、信あり迷いある所こそ、世の中というものである。

が、彼は以来、幾十日も、それから隔離されていた。

羽翼を殺ぐ

寄手の陣容は完くできている。

伊丹、高槻、茨木の三城を対象として、その包囲形は、

――いつでも。

の姿勢にある。

にもかかわらず、天野山の本陣からは、いっこうに「かかれ!」の令が出なかった。諸陣、しびれを切らすほど、毎日が無事だった。

「なんの沙汰もないわ。いまもって」

これは信長がきょうも二度まで口に出したことばである。彼が待ちぬいているものは、将士が待ちしびれていることとは反対なものだった。

織田家の立場というものは今、中国や関東方面や北越をべつとしても、この畿内においてすでに、非常に危ない複雑さをもっている。――能うかぎりはこの際この地域において、事を構えたくない、火の手を出したくない。