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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

05 第五分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 197,228 字 · 394 页

青空文庫

菊窓閑話

て、ぽたぽたと涙をこぼしていた。

その眼のまえに、竹花入れの白菊は、弥白く、弥匂やかに、ようやく、根から水をあげていた。

菊窓閑話

つい涙ぐんで、いま、軍務の苦労も一通りでない主君に、ちょっとでも、気弱い心をいだかせたのは、臣として不忠、武士として不覚、申し訳ないことと、半兵衛重治はすぐ心のうちで身を叱った。

「血ぐさい長の御陣に、さだめしお労れもあろうかと、ふと庭さきの菊一輪、竹花入れに移してそれへ置きましたが、お眼をなぐさめて戴いて仕合わせです。――花も、半兵衛も」

さっきから秀吉も、顔をそむけて、熱い眼のやりばを、床の花に紛らせている容子なので、突きつめた話をそれへ逸らすべく、わざと半兵衛からそういったのである。

「ウむ。寔に、寔に」

暗然と――ただ口を閉じていた秀吉は、そのことばに、ほっと救われたように、幾度も、花に向って頷いた。

「いいにおい!」

そういって、

「平井山の陣地にも、野菊は咲いていたろうが、かかる香いは気づかなかった。かかる色も眼にはなかった。――血草鞋に踏みつけておってはな。はははは」

と、ようやく、半兵衛を正視して、なお強いて病人へ陽気な感じを持たせようと努めた。