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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

05 第五分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 197,228 字 · 394 页

青空文庫

松や柳

謙信の眼の黒いうちは、どうしてまだまだ……」

と、油断を戒め合う一部もあった。事実、信長の見まわしている天地の一方に、謙信の存在はなお北斗のような光芒を燦として持っていた。

松や柳

夏は本格的な気象をととのえて来た。大空はかんと照りきっている。雲の峰もうごかない。

六月の二日、岐阜を出た信長の列は、いま美濃から近江の境――山中越えにかかってゆく。

遠くから望めば、蜿蜒、蟻の行列に似ていたろう。近々とそれを見れば、まことに眼もくらむばかり仰山な旅行陣であった。一個の信長が京都へ上るため、随行としては、宿将、旗本、小姓衆から銃隊弓隊、また赤柄の槍組とつづき、医者、茶道衆、祐筆、俳諧師、沙門、荷駄隊にいたるまで――見送っても見送っても人馬の列は容易に尽きない。

長篠の大戦は、つい一月前であった。

その時の鉄甲陣にひきかえて、きょうの行列は、万朶の花を一すじに引いたように、見るからに平和だった。人各※(二の字点、1-2-22)の装いばかりでなく、馬にすら飾り、槍鉄砲も拭き磨いて、威容の備えのほかに、一種の「美」を加えていた。

あらかじめ、通過の触れは聞えていたので、あちこちの部落では、村長を始め、老幼男女、みな軒ばに坐って、黙送していた。