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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
02 第二部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页
柿崎道場
柿崎道場
新八の顔は血のけを失って蒼白く、汗止めをした額からこめかみへかけて膏汗がながれていた。躯も汗みずくで、稽古着はしぼるほどだったが、それでも顔は蒼白く、歯をくいしばっている唇まで白くなっていた。
躰力も気力も消耗しつくしたらしい。眼の前にいる柿崎六郎兵衛の姿もぼんやりとしか見えず、ただ六郎兵衛の木剣だけが、ぞっとするほど大きく、重おもしく、はっきりと見えた。
「打ちこめ、来い」と六郎兵衛が云った。
新八は夢中で打ちこんだ。相手の姿はそこになかった。新八は踏み止り、向き直って、絶叫しながら面へ胴へと、打ちこんだ。六郎兵衛は軽く躱すだけであった。新八の木剣は、どう打ちこんでも、六郎兵衛の躯へ一尺以上近くはとどかなかった。
道場の一隅で、野中、石川、藤沢の三人が見ていた。
「ひどいな」と石川兵庫介が呟いた。
「いつものことだ」と藤沢内蔵助が囁いた。
「このごろずっとあんなふうだ、あれは稽古じゃあない、拷問だ」
「なにかわけがあるな」
「もちろんだね」と内蔵助が囁いた、「われわれにはわからない、なにもかも秘密だ、あの少年は野中といっしょに住んでいるんだろう、野中は監視役らしい、どうやら逃げださないように監視を命じられているらしいが、だがどんな事情で、なんのために捉まえておくのかまるでわからない」