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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
02 第二部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页
くびじろ
くびじろ
年が明けて(寛文二年)正月中旬になった或る日、――甚次郎(山)の東側の谷あいにある猟小屋で、甲斐は弓のつくろいをしていた。外は粉雪が舞い、もう昏れかかっていた。
猟小屋は山の小屋よりも狭い。それは杉の丸太で組み、戸口のほかに、東に面して小窓が一つある。中は二坪ばかりの、炉のある土間を囲んで、三方に腰掛が造りつけてある。北側だけは六尺幅、他の二方は三尺幅で、どちらにも藁と蓆が敷いてあり、そこでごろ寝をすることができた。東に面した小窓をあけると、阿武隈川の流れと、対岸の山や田野が眺められる。阿武隈川はそこでゆるく「く」の字なりに曲っており、河原が広く、浅瀬になっていて、よく鹿が渡った。いまは雪で見えないが、その小窓に倚っていれば、鹿の渡るのが見えるのであった。
甲斐は弓の千段を巻いていた。籐を斜め十字なりに巻き、それを緊めて、また十字なりに巻く。巧みな手つきで、ゆっくりと、楽しそうにそれを続けた。
小屋の中は暗くなり、炉で燃えている火が、彼の顔を赤く、精悍に照らしだしている。籐を緊めるとき、唇の端に皺がより、額には汗がにじんでいた。炉の火が強いうえに、かけてある茶釜から湯気が立つので、小屋の中はむれるほど暑くなっていた。