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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
02 第二部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页
片羽鳥
「ばかなやつだ」と六郎兵衛は手酌で飲んだ、「ちょっと油断をしてみろ、一ノ関がすぐに掠ってゆくぞ、きさまは頭の悪いやつだ」
「あたしもう帰ります」
おみやはいそいで立ちあがった。
道場を出て、空いている駕籠を捜しながら、小走りに筋違御門のほうへ向かった。時刻は午少しまえ、桜でも咲きはじめそうな暖かい日で、往来の人たちのなかには、片肌ぬぎになっている者がいた。
おみやが道場を出たときから、一人の浪人者があとを跟けて来た。葛布の着物に、くたびれた袴をはき、深い編笠をかぶって、右手をふところに入れたまま、さりげなく、しかしまちがいなく、おみやのあとを跟けていった。
片羽鳥
新八は横になり、肱枕をして、手紙を読んでいた。あけてある障子の向うに、庭がひらけていて、梅林の、芽ぐみはじめた枝のなかに、みれんらしく、まだ一、二輪白い花をつけているのもみえた。
「一生を面白おかしく、か」新八はふんといった。
その手紙はお久米から渡されたもので、いちど道場でざっと眼をとおし、この茶屋へ来てからも、もう三度も読み返した。それは、二人で出奔しよう、というさそいの文であった。――赤坂の氷川神社の近くに、お久米の叔母がいる。