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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页

青空文庫

断章(六)

「おじさま」

と云う声が聞えた。

遠くから聞えて来るような、しゃがれた含み声であった。眼の前にある顔が歪み、大きくみひらかれた、きれいな両眼から、涙のこぼれ落ちるのを、甲斐は認めた。

「おじさま、死んではいや」

とその顔が云った。死んではいや、おじさま死んではいや、と叫び、甲斐の手を取って頬ずりをした。

「――宇乃」と甲斐は呟いた。

そうか、宇乃だったのか、甲斐はそう思って、初めて眼がはっきりとした。

村山喜兵衛が宇乃を抱き起こし、塩沢丹三郎が彼女を引取った。ほかにも五六人来ているようである。甲斐は手を伸ばして、くびじろの顎を撫で、それから眼をつむって、かれらが自分を運びだすままにさせた。

断章(六)

――御家老にございます。

「大槻か、会おう」

――斎宮にございます。

「早かった。済んだか」

――申上げることができましたので、佐々木権右衛門を残し、私だけさきに戻りました。

「佐月はなんで死んだ」

――胃をながく病んでいたと申します。

「おかしなものだ」

――はあ。

「茂庭佐月は酒も飲まず、粗衣粗食でつねに養生を怠らなかった、そのくせにいつも胃をこわし、胃のために命をとられた」