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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

先刻にはどうしてこれを見逃がしていたろう。抜きだした内臓のように毒々しく真赤な花束が僕に挑戦しているかのように見えた。

確かに誰かが入って来た筈であるのに、何処から入ったか侵入口が見つからない。これほど癪に触ることはなかった。そして大切な物件は、あざやかに盗まれてしまったのである。僕は畳の上に胡座をかくと、全く途方に暮れてしまった。何本目かの莨を、火鉢の中に突きこんでいるときに、ようやく僕の決心は定まった。時間はもうたいへんに遅いけれど、ともかくもこれから銀座裏の十銭洋酒店ブレーキへ行って、それとなく様子を見て来ることにしよう。

それから二十分ほど後のこと、僕は銀座裏のブレーキの門口に立っていた。内部を窺うと、外はもう霜でも下りそうな暗さであるのに、中には煌々と電灯が輝き、酔っぱらいの高い歌声が、聞えてきた。僕は生れつきアルコールに親しめない性質であったから、今までにこうしたところへ入ったことがなかったので、すこし勝手が違ったが、勇気を奮い起して入口の扉を内部へ押して入った。しかるに誰も酒に気を取られてか、入っていった僕に気付いた様子がない。そこですこしばかり、気持が軽くなった。