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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

「甚兵衛をやめてから矢の倉の鳥万、馬喰町の平松、神田の翁屋と、勤めてはやめ勤めてはやめ、みんな三十日そこそこしか続かず、十六の春ようやく、麹町平河町の稲毛という店へ住込みでおちつきました」

「そんなに喧嘩っ早かったのか」

「あなたは知らないのよ、お茶屋へ来るお客がどんなにいやらしいかっていうこと」おりうは手酌で飲み、膳の上を見て眉をしかめた、「あら、――お肴がなくなっちゃってるのね」

「芳村という侍もその一人か」と安宅が盃を取りながらきいた。

「平河町へいくとすぐ」とおりうは答えた。

稲毛善兵衛というその料理茶屋は、周囲に旗本屋敷が多いので、客の大半は武家であった。おりうはうれしかった。おりうは小さいじぶんから侍にあこがれていたのだ。ふだん着に袴をはき、両刀を差し、額をあげてさっさっと歩く。だらしなく脇見をしたり、話しながらあるくようなことはない。また裃を着け、供をしたがえてゆく姿は、その人が年寄りであろうと若侍であろうと、うっとりするほど清潔で男らしく思われた。下町では侍客は稀にしか来なかったし、道で見かけるようなきぱっとした人はいなかった。勘定は溜めるし、酔うと諄く女たちにからむし、ちょっと気にいらないことがあると暴れだすし、これが侍かと思うような人ばかりであった。