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げんだいゆいぶつろんこうわ

現代唯物論講話

戸坂 潤

「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页

青空文庫

が一般にそうなのであるが――殆んど唯一の真剣な関心は、知識社会学から如何にして実践的・政治的・階級的・イデオロギー的・勢力を去勢するかに向けられているようである。それは科学的であるためには価値評価の理論を含み得ないものだと主張する。併しもし果してそうならば、それは本来知識――それは一種の意識である――というイデオロギーの社会学ではあり得ない筈である。なぜならそれ自身価値評価することを本性とするものは、原理的に云って、他の同じく価値評価的な態度を以ってしか到達出来ない筈ではないか。現在のブルジョア的・僧侶主義的・実証主義的・歴史主義的・又ファシスト的・其の他の色々の諸知識社会学は、知識の内から論理の権能を放逐する。だから夫は中心を抜きにした知識の社会学であり、従って知識の社会学ではない(拙稿「知識社会学の批判」――『イデオロギー概論』の内を参照)。このことは宗教社会学に就いてもそのままあて嵌まる。信仰の真偽内容と絶縁した宗教社会学は少なくとも宗教批判の出来る社会理論ではあり得ない。知識社会学と宗教社会学とは、夫々の価値論を中心とすることによって、初めて有機的連関に這入ることが出来る(認識論と宗教学との結合を実証したデュルケムの労作はこの点に就て重大な功績をもたらした)。