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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
「現代唯物論講話」白揚社、1936(昭和11)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 251,295 字 · 490 页
処が日本の文化的自由主義は、之まで、決してそういうものではあり得なかったのである。夫は充分な意味での社会的リアリティーを有たなかったのである。――ここでは何かが欠けている。他でもない組織が欠けていたのだ。
左翼の公式的な組織が存在した頃には正常な意味に於けるプロレタリア文化なるものが或る程度まで実際に存在していた。文化はその限度に於て公式に大衆的であり得た。その限度に於てというのは、その場合大衆と呼ばれたものが、実はまだ完全な意義と包括性に於て理解された大衆ではなくて、単に大衆の最も特徴的な部分だけを指し示したのであったからだが、とに角そこでは文化が相当厳正な意味での大衆性を有っていたことは争われぬ。文化が社会的リアリティーを有っていたのだ。処で、夫を失った其の後の進歩的文化の動きは、こうした組織にも大衆性にも代るべきものを、遂に今まで見出すことが出来ずに来たのであった。文化的自由主義なる思想原則は、そのままでは、組織的な役には立たなかったのである。
フランスに於ける文化的自由主義者の動きが有つ社会的リアリティーは、云うまでもなく、この作家達とP・C・F〔フランス共産党〕との(少なくとも観念的な)連絡にあるのである。