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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
03 下巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页
でございますの、と云う答に、いよいよ狐につままれたような工合であった。そしてその料理屋、―――「吉兆」と云う家へ行って見ると、もうその夫人と橋寺と云う人とが先着しているのであったが、井谷は座敷へ通りながら、
「今日は。―――大分お待ちになって?」
と、今日が二度目の対面にしてはひどく懇意そうな口調で云った。
「いいえ、あたしたちもたった今」
と、丹生夫人も心やすそうにそれに応じて、
「―――でも感心ね、きっちり六時においでになったわ」
「わたくしは時間は正確なんですのよ、それでも今日はお嬢さんの方がどうかと思ったもんですから、来がけにお誘いして来たんですの」
「此処の家、直きにお分りになったか知ら」
「ええ、あの、蒔岡さんが御存じだったもんですから、―――」
「やあ暫く。一遍お目に懸ったことがございましたかな。―――」
と、貞之助は、この夫人ならいつぞや自宅の応接間で紹介されたことがあるのを思い出しながら云った。
「―――その後は御無沙汰いたしましたが、家内がいつも御厄介になっておりまして、………」
「いいえ、わたくし、奥さんにも長い間お目に懸っておりませんのよ。いつだったか黄疸で臥ていらしった時にお伺いしたっきりなんですの」