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きくやしき

菊屋敷

山本 周五郎

「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页

青空文庫

妹と違って志保は縹緻わるく生れついた。それはまだごく幼ない時からの悲しい自覚だった。そしていつからか、――自分は学問に精をだそう、結婚などは生涯しないで、父のように学問で身を立てよう、そう思って一心に父に就いて勉強した。生れつき素質があったのか熱心のためかわからないが、年を重ねるにしたがってめきめき才能を伸ばし、父の一民もおりにふれて、――おまえが男子だったら、と口にするようになった、けれどもそうして志保が十八歳になったとき、父は志保に学問を禁じた、――女としてはもう充分である、これからは筆算とか算盤などでも稽古するほうがよい、それは志保にとって生き甲斐を断たれるような思いだった。四つ違いの妹が日ましに美しく才はじけて、人の眼を惹き、愛されてもゆくのをみるにつけ、かなしいうちにも、――いや自分には学問の道がある、やがては世に知られる学者になるのだ、という慰めがあった。その唯一の望みを禁じられたのである、志保はその後しばらくは、気ぬけのしたような気持で日を過したことを覚えている。だが父の本当の心は間もなくわかった。女が学者になるなどということを父はひじょうに嫌っていたのだ。