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きくやしき

菊屋敷

山本 周五郎

「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页

青空文庫

十六

お萱の返辞を聞いて志保は居間へ戻った。

十六

明くる日は父の忌日であった。

門人たちが集るまえにと思い、晋太郎を仏間へ呼んで相対した。膝と膝とを接して坐り、さてどう云いだそうかと思うと、そしてかれの返辞に依っては、もうかれを子と呼ぶことができなくなるのだと思うと、あれだけ考え悩んで決めた心がふがいなくもよろめきだし、どうか「ここにいる」と云って欲しいと祈りたいような気持さえこみあげてきた。

「江戸から昨日お使があったのはあなたも知っていますね」志保はやや暫らくしてそう口を切った、「……あれは悲しい知らせでした、あなたには弟に当る健二郎どのが、この夏のはやり病にかかって亡くなったのです」

「健二郎が、……死んだんですか」かれは大きくみひらいた眼で志保を見あげた、「それは可哀そうだったなあ、あんなに肥って可愛らしかったのに、……ねえお母さま」

「本当に可哀そうなことです、でもそれより残ったご両親もずいぶんお気のどくですよ、健二郎どの一人のお子でしたからね、それであなたにご相談なのだけれど……」

志保がそう云いかけると、晋太郎はなにを思ったかびくっと頬肉をひきつらせ、眼を伏せてじっとからだを固くした。