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きくやしき

菊屋敷

山本 周五郎

「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页

青空文庫

十八

もっと、もっと云って下さい、なにもかも残らず、お心にあることをすっかり仰しゃって下さい、今こそ志保はどんなことでもお聞きします、杉田さま、胸いっぱいにそう叫びたい気持で、火のような庄三郎の眼に見いっていた。……しかし庄三郎はそれで口を閉じ、会釈をしてさっさと歩きだしてしまった。

「……晋太郎」志保は廊下を走った、「晋太郎いらっしゃい」

仏間から子供が出て来た。志保はその手を取って庭へ下り、枝折り戸まで出て、曳かれてゆく青年たちのほうを指さした。

「あの方がたのお姿に礼をなさい、わけはあとで話してあげます、母さまといっしょに、心から礼をするのですよ、さあ……」そして子供の肩に手を当て、いっしょに低く敬礼をしてから、志保はおののく声を絞るようにしてこう云った、「あなたも成長したら、あの方がたのようにりっぱな武士になるのですよ、命を捨てて正しい忠義の道を守りとおす、あなたはあの方がたの跡を継ぐのです、忘れないように、よくよくあのお姿を拝んで置くのですよ」

十八

曇るというほどでもなく晴れもしない、どんよりとものがなしげな秋の日が、朝だというのにまるで昏れ方のような侘しい光を湛えている、四五日まえから咲きだした菊のひと枝を剪ろうとして、鋏を手に庭へ下りた志保は、菊畑の前まで来てふと足を止め、そのままなにか忘れ物でもし