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きくやしき

菊屋敷

山本 周五郎

「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页

青空文庫

十一

「そんなことはありません、どこでだってみな親たちの着古しを直して用いますよ、晴着はべつですけれど……」

「お百姓や町人ならそれでもよいでしょうけれど、晋太郎さんは武士の子ですものね」小松は子供の顔を覗くようにして云った、「……長崎からなんのお土産もなかった代りに、着物とお袴を調えてあげましょう、明日いっしょに御城下までいらっしゃい、ねえ晋太郎さん」

十一

夕餉のときも、済んでからも、殆んど絶え間なしに小松の話しごえが続いた。往復の旅のこと、長崎の生活、異様な風俗や言葉、そして山河の景色など、次ぎから次ぎへと語って飽きない、それがみな志保には興味のないことなので、ようやく妹の饒舌が終り、おのおのの臥所へはいったときはすっかり疲れていた。

「あんなに浮わついた妹ではなかったのに」夜着の中で志保はそう呟やいた、「……あれでは心もとない、あの気性はこれまで園部どのをひき立てたかも知れないが、あのままではやがて良人を誤まらせないとも限らない、どうかそんなことのないようにしたいものだ」

園部夫妻は翌日の朝はやく出立した、そして志保が辞退するのを押して、晋太郎を松本の城下町へともない、衣服ひと揃えを買い求めて与えた。