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きくやしき

菊屋敷

山本 周五郎

「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页

青空文庫

十三

ことを終局の目的にするとすれば、禅家の求道どころではなくもっと直接に生死を超越してかからなければならない。……現に杉田さんはいま、百年伝統のなかに独りいて慷慨の情熱を持続できるかどうか、ということを仰しゃった、そういう意味から、つまり係累をもたぬという意味で妻帯なさらないのではないかと思うのですが」

十三

「いまの言葉がそんな風に聞えたとしたらわたしの誤りだ」庄三郎は苦笑しながら、「……わたしが結婚しないのは理由があるわけじゃない、ひと口に云えば縁が無かったので、あれこれと迷っているうちにこんな年になってしまった、ただそれだけのことなんだ」

「それは嘘だな」と吉岡助十郎が笑いながら云った、「……ずいぶん羨やましいような縁談がたびたびあった、拙者の知っているだけでも」

「よさないか、つまらぬことを……」

庄三郎が慌てて遮ぎったので、青年たちは手を拍って笑いだした。志保はそのときまた胸がきりきりと痛むのを感じた、そんなことを思ってはいけないと叱りつつも、手紙の主が庄三郎ではなかったかという疑いが、再びはげしくこみあげてきたのである。しかし庄三郎は眉も動かさず、平然とさっきの青年のほうへ呼びかけた。