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きくやしき
菊屋敷
山本 周五郎
「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页
それらの品もみな幾たびか洗濯をし、破れたところには継ぎをし縫いかがって着せる。食事は一菜か一汁にかぎり、物日に干魚を焼くのが精ぜいだった。こういうことをきちんと励行するのは、子供よりもこちらが辛いものである、「ああ寒かろう」「ああ冷たかろう」「さぞ甘いものが欲しいであろう」事毎にそう思う。子供がおとなしく従えば従うほど、いじらしいという感情がはげしく心を責める。もっとも怖れたのはそれだった。可哀そうにと思うあまりついあまやかしたくなる。しかしそれは子に対する愛にはならず寧ろ自分の感情に負けるだけなのだ。子供はそれほどには思わないものを、親が自分で自分をあまやかすに過ぎない、……ここでもまた「しっかりしなければならぬのは親だ」ということを悟らされたのであった。
こういう反面に志保は子をもつ歓びをつよく感じていった、「女は子をもってはじめて本当に女となる」という、それがしみじみとよくわかった。寝ても起きても、絶えず自分にたより自分の愛を求める者がいる。「お母さま」と呼びかける声、じっと見あげるつぶらな、汚れのない大きな眸子、まとい付く柔かな温かい手、それはみな紙一重の隙もなくじかにこちらの血肉へ触れるのだ。