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きくやしき

菊屋敷

山本 周五郎

「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页

青空文庫

二

もし結婚しないで独り身を立てるにしても、手習い算盤くらいを教えることで足りる、それ以上は女にはふさわしくないというのだ。気持のおちつくにしたがって、志保にも父の意志はよくわかった、――女はつつましく、という平凡な戒しめが、そのとき身にしみてわかったのである。どんなにすぐれた才能があろうとも、それを表にあらわさず控えめに慎ましく生きるのが女のたしなみだ、女には女の生き方がある、志保はおのれをふり返って、それまでのきおいこんだ気持が恥ずかしくなり、自分でもはじめてむすめらしい心の動きはじめることに気づいた。……だから小松が晋吾に嫁したときも、妹の仕合せをこころからよろこぶほかに、微塵も他意はなかったのだが、二歳になる晋太郎という子を抱いて来たとき、そしていかにも睦まじそうな夫婦の姿を前にして、生れて初めての激しい妬みを感じた。女としての羨やみの情だけではない。自分には望むことのできない「愛児」というものへの強烈な嫉妬だったのである。

二

けれどそれからもう二年という月日が経った。栢村のこの屋敷には、志保のほかに姉妹の乳母だったお萱と、老下僕の忠造がいるだけで、城下から一里余も離れた山里の明け昏れは、まるで僧坊のように静かな侘びしい暮らしである。