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きくやしき
菊屋敷
山本 周五郎
「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页
「……まだお眼ざめでございますか」襖の向うでお萱のこえがした、「お邪魔いたしましてもよろしゅうございましょうか」
「いいえもうやすみます」志保はそう云って断わった、「……話は明日いたします、今夜はなにも聞かずに、どうかさきに寝てお呉れ」
「……でもお嬢さま」
お萱はなお心のこりらしかったが、志保が黙っているので、やがて自分の部屋のほうへ去っていった。
自分のことは自分がよく知っている、小松のことも知ってはいるが、批評の眼でみては正しい判断はできない、志保は不公正な考え方できめたくなかった、それで結局は「晋太郎の気持で決定するより仕方がない」と思った。幼ないということは、それ自身ひとつの正しさをもつ、成長しようとする本能は純粋だから、選択も迷いがなく、たしかであるかも知れない、……そうきめたときは心もすっかりおちついていた。それからしずかに立って、いつものように晋太郎の寝所を見にゆこうとしたが、それではまたみれんが起るかも知れないと思い、
「起きておいでかお萱」とばあやの部屋へ声をかけた、「……まだ起きておいでなら、お茶を淹れたいと思うのだけれど」
「はいお嬢さま、唯今お支度をしてまいります」