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きくやしき

菊屋敷

山本 周五郎

「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页

青空文庫

と志保は眼をみはった、「……そのようなおはなしでしたらわたくしなどのちからで及ぶことではございません、どうしてまたそんなことをお思いつきあそばしました」

「まあお聞き下さい」庄三郎はみんなの意見を代表するように膝を進めた、「……亡き先生のお教えは、朱子とはいいながら皇学が軸となっていました、いかなる学問も国体を明徴せずしてあることは許されない、すべては国に奉ずる心、義に殉ずる烈々たる壮志を土台として始まらなければならぬ。浅見氏の靖献遺言はその意味において好資料といえよう。先生はたびたびそう仰せられました。われわれはその先生のお心を継承したいと思うのです。遺言の書冊はこちらの文庫にあるのでございましょう」

「書物はございます。みなさまのお気持もよくわかりました」そう云って志保はふと眼を伏せた、「……それでは二三日考えさせて下さいまし。そのうえでお返辞を申上げましょう」

「結構です。しかしどうか先生の御遺志を継ぐという点もお忘れなく、なるべくわれわれの望みをおかなえ下さい」

それで話は終り、志保は茶を替えに立った。茶菓が済むと、みんなで近くの正念寺へ墓参にゆき、いちど屋敷へ戻って、そこから門人たちは帰っていった。