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せいねん
青年
「昴」1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,670 字 · 246 页
その時ふいと Aude という名が思い出された。只オオドの目は海のように人を漂わしながら、死せる目であった、空虚な目であったというのに、奥さんの謎の目は生きているだけが違う。あの目はいろいろな事を語った。しかしあの姿勢も何事をか己に語ったのである。あんな語りようは珍らしい。飽くまで行儀正しい処と、一変して飽くまで frivole な処とのあるのも、あれもオオドだと、つくづく思いながら歩いていたら、美術学校と図書館との間を曲がる曲がり角で、巡査が突然角燈を顔のところへ出したので、びっくりした。
己は今日の日記を書くのに、目的地に向って迂路を取ると云ったが、これでは遂に目的地を避けて、その外辺を一周したようなものである。しかし己は知らざる人であったのが、今日知る人になったのである。そしてその一時涌き立った波が忽ち又斂まって、まだその時から二時間余りしか立たないのに、心は哲人の如くに平静になっている。己はこんな物とは予期していなかった。
予期していなかったのはそればかりではない。己が知る人になるのに、こんな機縁で知る人になろうとも予期していなかった。己は必ず恋愛を待って、始て知る人になろうとも思わなかったが、又恋愛というものなしに、自衛心が容易に打ち勝たれてしまおうとも思わなかった。