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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

それは猪沢という男だ」

と慷堂は言った。

「猪沢……?」

「それが君の探しとる娘の父親の姓だ」

「すると、瀬良は母親の姓ですか」

当り前のことを聞くなといった顔で慷堂は、

「猪沢市太郎はわしらの古い同志だ。最初の辛亥革命のときも、わしと一緒に武漢へ行った。あれは大逆事件の翌年だったが、大逆事件でわしの家へ警察の者が来よったとき、ちょうど猪沢市太郎がいて、女の子が生れたという話をしとったところだった。それが瀬良という女との間にできた娘だろう」

俺は指をくって、まさしくそれが瀬良照子だとうなずくと、

「猪沢とはそれから、第三革命のとき、東北革命軍を援助する際も一緒だった」

その慷堂に北槻中尉が言った。

「それは袁世凱討伐のために軍をおこしたのですね」

「そうだ。わしたち日本の同志も身命を賭して援助した辛亥革命は、清朝顛覆の永年の目的は達したのだが、その結果は袁世凱の野望に力をかしたようなことになってしまった。これではいかんと、大正二年に李烈鈞が第二革命の火蓋を切って、各地に反袁軍が蹶起したのだが、袁世凱の弾圧でこれも敗れた。そのため、孫文、黄興等は一時、日本に亡命の余儀なきに至ったものだ」