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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

「お客さんは、東京の人ですね」

波子の、と言うより人間の声が、遠くからの声のように聞えた。

「うん」

俺がうなずくと、

「ニャーン」

と波子が鳴いて、いや、そんなわけはないが、それにつづいて、

「また東京へ帰るんですか」

「うん」

「東京はいいところでしょうね」

「うん」

「あたしを連れてって貰えないかしら」

猫みたいななれなれしさで、

「帰るとき、一緒に……」

「なんだって」

俺が眼をひらくと、俺の前に波子がいて、そして猫は消えていた。

「あの猫、どこへ行ったろう」

「お客さんは、なんのご用で京城へ……?」

「気味が悪い猫だな。この家の猫かい」

「いいえ」

「のら猫か」

「京城に、あたし、姉に呼ばれて来たんだけど、いやだわ、朝鮮なんて――」

年は十九ぐらいか、しかしよく熟した、熟しすぎた果実のような――顔だけでなく身体全体がそんな感じで、肥っているわけでもないが、見た眼に暑苦しい。

「姉さんは――なにしてるの」

「料理屋で働いてんです。あたしはどうせ働くんなら、東京で働きたいんです」

「俺みたいな若僧でなく、ほかのお客さんに頼めよ」

「そうですか」

そんなら頼まないとあっさり言って、波子はしかし、ぷんと頬をふくらませた。