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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

お前も今こそ大地に生きられる。大地に生きているのだ。初めて生活に根をおろしているのだ――。

「お茶などいいから、あなたもここへ来て、おすわんなさい。なんにも、そんな……結構よ」

お茶を出そうと立ち働いている波子に、綾子は、

「お仕合わせそうねえ」

と言って俺に、

「大事にしてあげなくちゃ……。加柴さんも、来年は可愛い赤ちゃんのお父うさんね。うれしいでしょう」

ここでは野中というガセナ(偽名)で通っている俺に、綾子は俺の本名を言った。

「奥さんは俺の名前をどうして……」

「うちの人は知らなくても、あたしは知ってます」

水芭蕉の花みたいに白い綾子の顔を俺はみつめた。波子の言った「こわい人」をそこに感じながら、

「誰から聞いたんです」

「セイさんから……」

一瞬、誰のことか分らなかったが、それは百成清一郎のことだった。

「清さんのことも、あなたから、いろいろ聞きたいんですの。それは、あなたがこの根室へ見えたときから、そう思ってながら、やはり、ちょっと遠慮があってね。いいえ、誰に遠慮と言うんじゃなくて、自分で自分に遠慮……と言うんでしょうか」

ひとりで綾子は喋り立てた。心にわだかまっていることを一気に吐露する、一見そんなふうで実はむしろ内心を隠そうとするためのお喋りのようだった。