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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

畜生! と顔をそむけたとき、車がとまって、

「加柴さんじゃありませんか」

女の声だ。その声の主が車から出てきた。

砂馬のバシタだ。

見つかったからには、みっともない真似はできぬ。俺は、

「やあ、奥さん。今晩は」

と言った。その元女優有明輝子は彼女の亭主を殺しに来た俺に、そうとは知らない声で、

「せっかくおいで下さったのに、留守してまして……でも、ちょうどよかったわ。主人もおっつけ戻って参りますでしょうから、家でお待ちになって……」

やさしく俺に話しかけたときこのチンスケリ(細君)の腹が、夜目にもしるく、モサガマリ(妊娠)の、それも臨月に近いふくらみ方だった。俺は、はっと胸をつかれた。まずいものを見ちまった。門が開かれ、

「さ、どうぞ」

と輝子は言う。

「いや、お留守なら、また来ましょう。なに、ちょっとここを通りかかったもんで……そいじゃ、また」

砂馬を殺すのは、またにしよう。何も今夜とはかぎらない。今夜はよそうと俺は立ち去った。

輝子の大きな腹を見た俺は、見たその夜、ただちに砂馬を殺すということが何かできなくなった。あんなに気負っていた俺の殺意が、急にへなへなとなるとは醜態極まりない。