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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
「こっちへいらしって」とおりうはあまえたしなで云った、「――少しめしあがれば気が晴れてよ」
蝶太夫は膳の側へ来て坐り、こっちでやります、と云って汁椀をあけた。そして、おりうの酌ももどかしげに、ぐいぐいと酒を呷り、冷のほうへも手を出しながら、休みなしに饒舌りだした。仲次郎とのいきさつを、うまく云いくるめようとするらしい。だが、やがてまた思いだしたように、「五十両」の話をどうして知っているのか、と不審そうにおりうに訊いた。いいじゃないのそんなこと、もう済んだことだものお忘れなさいな、とおりうはそらした。
「しかし私はそれじゃあ済まない」彼は腫れた眼を手で押えながら云った、「金のことは私と六の話で、ほかに知ってる者はない筈なんだから」
「そんなに気になって」おりうは微笑した。
「じらさないで云って下さい、どこで、誰から聞いたんです」
「佐吉よ」とおりうがゆっくりと云った、「もと中村座の桝屋にいた、出方の佐吉、これでわかったでしょ」
「佐吉を、――知ってるんですか」
「中村座へ見にゆくときは、佐吉が係だったのよ」とおりうは答えた、「ここ二年ばかりは飽きちゃって、芝居は覗きもしなかったんだけど、半月ばかりまえかしら、道で佐吉に会ってお師匠さんの話が出たの」