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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

足蹴はもうやんで、男たちの問答になり、三人は捨てぜりふを残しながら去っていった。残ったのは町内の人たちだろう、「けがはないか」とか、「どこの人か」などと得石に呼びかけた。――得石は豊島屋の門七を呼んでもらった。なにかかぶる物を持って来るようにと頼み、いまの三人はこの町内の者かと訊いた。町内の者でもなし、この辺ではみかけない人間だということだったが、「豊島屋」という名が出ると、その人たちは急に冷淡になり、私は用があるから、いや私もそれでは、などと云ってたち去ってゆくようすだった。

「どうぞ豊島屋へお願いします」と得石は云った、泥まみれなのでうっかり眼もあけられず、伝言にいってくれたかどうかもわからないので、彼はまた心ぼそくなったのである、「お礼は致しますから、済みませんがどうかことづけをお願いします」

「おまえから礼なんぞ貰いたかあねえ」とさびのある声で云うのが聞えた、「ことづけにはいったから安心しねえ」

町内のかしらだな、得石は思った。やがて門七が来、頭から雨合羽のような物をかぶって、ようやく彼は立ちあがり、誰にともなく礼を述べると、門七の手に支えられて歩きだした。