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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
おみのは寝衣をそこへ置き、では自分で着替えて下さいと云った。
「あたし戸口の鍵を掛けて来ますわ」
「まさか」と彼はしんけんな顔で云った、「ここまできて、まさか逃げるんじゃあないだろうね」
「こんな恰好で」とおみのは長襦袢の袖をひろげてみせた、「――あたしこそ、今夜は先生を逃がさないことよ」
そして六帖のほうへ出、襖を閉めた。
おみのは火鉢の脇へ跼み、隣りで得石の着替えする音を聞きながら、仰向いてきつく眼をつむった。顔は緊張のため硬ばり、躯が小刻みにふるえた。「お父つぁん」とおみのは祈るように呟いた、「あたしに力を貸して下さい」
四帖半でどしんという音がした。得石が寝たのであろう、おみのは頭を垂れて、やや暫くじっとしていた。躯のふるえのしずまるのを待っていたらしい、やがて、頭から銀の平打の釵を抜き取ると、それを右手に持って、静かに四帖半の襖をあけた。
「ようやくおでましか」と得石の云うのが聞えた、「さあ、早くここへ」
おみのは中へはいって襖を閉めた。
それから四半刻たらずして、きちんと身なりをととのえたおみのが出て来た。そのまま濡縁へ出たが、嘔吐する音が聞え、やがて六帖へ戻ると、袂から小さな紙箱を出した。