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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

終章

書状はそれで終っていた。

千之助は書状を巻いて、机の抽出へ入れ、でかけるために、身支度をした。

終章

枕橋の手前を右へ曲ってゆくと、松平越前邸から一丁ほどいった右手に「むらた」と軒行燈を掛けた料理茶屋があった。

駕籠を門の中まで入れさせると、女中がみつけたのだろう、雨傘を持って迎えに出て来た。千之助は駕籠を待たせておき、

「離れにおしのという女客がいるか」と訊き、自分の名と身分を告げた。町方与力と聞いて、女中はちょっと驚いたようだったが、青木という名を告げられていたのだろう、「お待ちかねでございます」と云って、案内に立った。

その離れは母屋と棟がべつになっているが、踏石の上に屋根が掛けてあるので、傘をさす必要はなかったし、踏石からすぐに、離れの縁側へ続いていた。女中はその縁側のところで、お伴れさまがみえましたと声をかけ、千之助は女中に「もういい」という手まねをした。

「なにかお支度を致しましょうか」と女中が訊いた。

「あとで頼む」と千之助は答えた。

女中が去るのを待って、千之助は刀を右手に取り、縁側へあがって名をなのった。しかし返辞はない、座敷の中はしんとして、人のいるけはいも感じられなかった。