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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
おしのはなにか訊くことがあるように思った。この人は頼りになる、この人なら本当のことがわかる、なにか訊いておかなければならない大事なことがある。そういう気持を強く感じたが、現実にはなにを訊いたらいいかわからず、おしのは礼を云って別れを告げた。
「ひどいわ、ひどいわおっ母さん」駕籠をいそがせて帰る途中、おしのは声に出して呟いた、「お父つぁんの病気が重いと知っていながら、そんな人と平気で箱根へゆくなんて」
おしのは自分の手をひらいて、眼に近づけて見た。駕籠の垂れから、僅かにさしこむ残照のほの明りで、自分の指がふるえているのをおしのは見た。
――菊太郎は寮へ引取られた。
二十八日にいったとき、やっぱり奥の部屋に菊太郎が隠れていたのだ。三味線と唄の声、母はあたしを騙した。あたしがゆくまで、母は菊太郎と二人で、暢気に雪見酒でもしていたのであろう。そしてあたしが帰ったあと、二人はまた飲みながら相談をし、箱根へゆくことにきめたのだ。おしのはひらいた手をぎゅっと握り緊め、眼をつむって、祈るように口の中で云った。
「おっ母さん、帰ってちょうだい、もしこのままお父つぁんに死なれたら、いくらおっ母さんだって世間に顔向けができないじゃないの、お願いよおっ母さん、どうかまにあうように帰って来てちょうだい」