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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
喜兵衛の声が、耳のずっと奥のほうで聞えた。
――これを云わずには死にきれない。
おしのは剥きだした歯のあいだから、誰かに秘密を告げるような口ぶりで、そっと囁いた、「知ってたのね、お父つぁん」そしてまた囁いた、「みんな知ってたのね」戸板に乗ってでも寮へゆき、ひと言あれに云ってやらなければ、死んでも死にきれない。これまでついぞみせたことのない、執念のようなあのときのようすは、それを「知っていた」ということを明らかに示すものだ。
父は知っていたのだ、とおしのは思った。あたしが父の子でないということを。よく知っていながらなにも云わず、実の子のようにあたしを可愛がってくれた。
「あたしのために」とおしのは囁き声で云った、「いつかむさし屋を出ていっしょにくらそうと、お金まで溜めていてくれたわ」
おしのはぎゅっと眼をつむった。
「やるわ、やってやるわ」暫くしておしのは呟いた、「これは女というものぜんぶのためよ、女ぜんたいの恥だわ、女ばかりじゃない、人間のぜんぶを汚したことだわ、――これがこのままそっとしておかれていい筈はないわ、この償いは誰かがしなければならない、こんな、人間ぜんぶを辱しめるようなことを、放っておいていいわけはないわ」