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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

「ちょっと、ちょっと待った」彼は手をあげて遮った、「そんないったいそんなことを誰から聞いたんです」

「名がわかれば云いぬけができると思うんですか」

「私は芸人です」と彼は坐り直した、「芸人にごひいきは付き物だし、ごひいきなしに芸人は勤まるものじゃあありません」

「むさし屋の人もごひいきだけだったの」

「少なくとも、おりうさんを知るまえのことです」

「そう固くならないで」おりうは微笑し、膝ですり寄って燗徳利を取った、「お酌をしましょう、あら、手が震えてるじゃないのお師匠さん、あたしやきもちをやいてるんじゃないのよ、ただ本当のことが知りたかっただけ」

「本当のことを云いましょう」

「そんなに固くならないで」とおりうはまた微笑した、「どうぞもう一つ」

「おりうさんは」盃を下に置いて彼は屹となった、「私の云うことを信用してくれないんですか」

「作り話を信用しろって云うの」

「むさし屋のごしんぞさんとは、慥かに逢っていました」彼は証言するように云った、「けれどもそれは愛情でもなんでもありゃあしない、ごひいきと芸人のつきあいというだけなんです、貴女だっておよそ察しているだろうけれど、芸人はごひいきのうしろ楯と、引立てがなければやってはゆけません」