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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

決して噛みつかれたのではない。何かしらするどい爪のようなものでひっ掻かれた傷痕だ。だが、人間ではない。人間の爪がこんなにするどいはずはない。

「あいつだ! Sはあいつにやられたんだ。文代、用心しなさい」

スックと立ち上がった明智の手には、すばやくポケットの小型拳銃が握られていた。と、申し合わせたようにやさしい文代さんの右手にも、どこに隠していたのか、同じピストルが。

「お前は居間に隠れているんだ。ドアに鍵をかけて、決してあけるんじゃないぞ」

言い捨てて、明智は戸外へ飛び出していった。文代さんは命じられた通り、二階の居間へ駈け上がって行く。すると、どこから出てきたのか、栗鼠のようにすばやい小林少年が、明智のあとを追って、廊下を走り出て行く黒い姿が眺められた。

神谷もじっとしているわけにはいかなかった。オズオズと玄関に出てみると、明智と小林少年とは、植込みの柴折戸から、裏庭の方へ廻ったらしい。門のそとは淋しいといっても、時々はタクシーの通る往来だ。まさか門のあたりに隠れているはずはあるまいと、わざとその安全な方角を選んで、彼はノコノコと歩いて行った。

だが、敷石道を五、六歩行くと、もう恐ろしくて歩けなかった。