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にんげんひょう
人間豹
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页
しばらくは熊の狂態にあっけに取られて、攻撃を忘れていたかにみえる猛虎も、そうそうはじっとしていなかった。そればかりか、敵の狂態が烈しい昂奮剤となって彼の闘志を刺戟した。
「ウオーッ……」
ただ一と声、凄惨な咆哮が響いたかと思うと、虎は矢のように第二の突撃をこころみた。
黄色と黒とが、一瞬にして一団となり、クルクルと檻の中をころがりまわった。
「ワーッ、ワーッ」
と上がる喊声、だが、その喊声を縫うようにして、さっきからの哀れな女の叫び声が、かん高く、細く細く、見物たちの耳の底に突き通った。
ああ、一体どんな女が、どこで泣き叫んでいるのであろう。ともすれば、それは可哀そうな大熊が、救いを求めて、悲鳴を上げているのではないかとさえ幻覚された。でも、まさか、あの図体の猛獣が人間の若い女みたいな泣き声を立てるはずもないのだが。
「キーッ」
と悲鳴のようなブレーキの音を立てて、明智たちの乗っている自動車が急停車した。
「チェッ、ご丁寧に貨物列車ときてやがらあ」
運転手が憎々しげに舌うちしたのももっともであった。彼らの前には、黒と黄のだんだら染めの交通遮断機が長々と横たわり、その向こうを、まっ黒な機関車が、ゼイゼイ息を切らしながら、何十台という長い長い貨物車を引っぱって、ゴットンゴットン、さも呑気らしく通過していたのである