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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

今や主客顛倒、老人の方が檻の中へとじこめられてしまったのだ。

そうしておいて、神谷は心覚えの廊下伝い、老人の書斎を通って、玄関を飛び出した。それから、例の締め切った門の鉄扉をよじのぼり、飛び降り、暗闇の森を一目散に駈け抜けて、道もない草原へ出た。

空は一面に曇って星も見えず、寒い風が草むらをザワザワと波立たせている。振り返れば、まっ黒に眼を圧して襲いかかる魔の森林、その中にチロチロと瞬くは怪屋のともし火か、それとももしや、彼の逃亡を知って追いかけてくる怪物の眼の燐光ではないのか。

ふとそんな連想をすると、神谷は足もすくむほどの恐怖を感じた。そして、草むらのざわめくのも、風ではなくて、蛇のように這い寄る獣人の姿かと疑われ、果ては、見渡す限り、闇の草むらのここにも、あすこにも、無数の蛇のようにギラギラ光る燐光の幻さえ浮かんでくるのであった。

彼は走った。無我夢中で走りつづけた。咽はカラカラに干からびて、舌が石のように干し固まり、心臓は咽のあたりまで飛び上がってくるかと感じられた。

道であろうと、なかろうと、方角さえもわからず、ただ走りに走って、しかし、ついに街道に出た。