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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

そこの小庭と軒先だけ日かげで、ひっそりしていた。机に頬杖をついてその様子を眺めながら、伸子は決断のつかない苦しい思いに耽っていた。佃も老人も、めいめいの出先におもむいて、家には彼女一人であった。

「御免なさい――おいでですか」

思いがけず横田が来た。

「まあ珍しいかた、――どうぞ」

横田は、どこか変った男であった。彼の妹が、伸子の父の会社に勤めていた青年と結婚した。ある時、その夫婦が、兄である横田をつれて来て、紹介した。駒込に暮していた時分のことであったが、それから、ごくたまに、数時間立ちよって喋って行った。彼自身の話によると、いろいろ語学ができるので、つい創作より翻訳をするのでいけない、と云う境遇にいるのであった。彼は玄関の隅にイムバネスをぬぎながら、耳が少し遠いので首を曲げ、丸い背をかがめるようにして伸子に訊いた。

「お一人ですか? 佃さんは?」

「今日は一寸出かけたの、でもじきかえるでしょう」

「休みでしょう、まだ」

「ええ。近いうちに学校へ宮様がいらっしゃるんですって、その相談よ」

「ああ」

横田は大きくうなずき、

「そうですか」

なお幾度も自分自身に合点をした。