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ようちゅう

妖虫

江戸川 乱歩

「キング」大日本雄弁会講談社、1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,290 字 · 239 页

青空文庫

その人物が、さい前から、R洋服店のショウ・ウインドウの大ガラスの前に、じっと立ち尽したまま、まるで案山子の様に身動きもしないのだ。

ドンヨリと薄曇の天候であったし、日の短い頃なので、附近の時計店の屋根の大時計は、まだ四時少し過ぎたばかりだけれど、道行く人の顔もおぼろに、火ともし前の、最も陰気なひと時であった。

インバネスの男は、ショウ・ウインドウから三尺程離れた道路の真中に立って、ガラスの向う側の何かを、凝然と見つめている。五分、十分、二十分、彼の姿勢は生人形の様に不動であったし、彼の視線は見えぬ糸で結びつけた様に微動だにしなかった。

初めの程は、道行く人も、邪魔っけな奴だと、よけて通るばかりで、さして怪しみもしなかったが、時がたつにつれて、彼の凝視のただならぬ熱心さに、ふと好奇心を起して立止る人があると、それからは、二人立ち、三人立ち、瞬くひまに、恐ろしい黒山の人だかりとなった。

その癖、その夥しい人立ちの中に、インバネスの男が見つめている品物を、ハッキリ知っている人は、一人もいなかった。人々はこの古風な服装をした怪人物の、ただならぬ様子を、烈しい好奇心で、ただ眺めているに過ぎなかった。