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ようちゅう

妖虫

江戸川 乱歩

「キング」大日本雄弁会講談社、1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,290 字 · 239 页

青空文庫

万が一にも、助かる見込みなぞありはしない。頼みに思う父の操一氏は、麻酔の夢さめやらず、車の烈しい動揺も知らぬげに、眠りこんでいるし、運転手と助手とは、神経のない自動人形の様に、広い二つの背中を見せているばかりだし、窓の外は、もう一時に近い夜更け、しかも淋しい生垣道、通りかかる人もない。

絶体絶命の苦悩を通り越して、珠子は気が遠くなって行く様に感じた。そして、不思議なことには、毒虫の厚ぼったい鋏の圧力が、そのネットリとあぶらぎった感触が、烈しい動物の体臭が、寧ろ甘く好もしいものにさえ感じられた。

彼女は夢を見はじめたのだ。とりかえしのつかぬ恐ろしい悪夢にうなされはじめたのだ。

「ウフフ……、お嬢さん、どうしたんだね。馬鹿におとなしくなってしまったじゃないか」

悪魔が歓喜に震える嗄声で云った。

彼の大胆な二本の腕が、不恰好に伸びて、しなやかな肉塊をしめつけた。そして、醜い悪魔の顔と、紙の様に血の気の失せた美しい顔とが、目と目とが、唇と唇とが、五寸の近さで真正面に向き合った。

アア、一転瞬にして、珠子の穢を知らぬ、花びらの様な唇は、その気高い誇を失おうとしているのだ。