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きょうふおう
恐怖王
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页
現場には、これという手掛りは何一つ残されていなかった。賊の遺留品は勿論、指紋一つ発見出来なかった。賊は空屋を無断借用していたのだから、家主を調べて見ても、何の得る所もなかった。又布引氏にも、鳥井青年の知人達にも、照子さんなり、鳥井青年なりが、これ程恨みを受ける様な心当りは、全くなかった。
だが、二つだけ明確に分っていたことがある。その第一は、婚礼写真に顔を曝しているゴリラ男だ。これが賊の同類であることは、布引氏の証言によって明かである。そこで、警察は、婚礼写真を唯一の手掛りとして、醜怪なるゴリラ男を探し出すことに、全力を傾けた。
第二の手掛りというのは、これは読者にまだ分っていない事柄だが、この事件を更らに怪奇不思議ならしめた所の「犯罪者のプロパガンダ」と謂われた、大胆不敵な賊の自己紹介であった。
賊は犯罪現場に名刺を残して行ったのだ。だが、ありふれた紙の名刺ではない。
流石事に慣れた警察官達も、この不気味千万な賊の自己紹介を発見した時には、思わず「アッ」と声を立てて、顔をそむけた程であった。
その時、係官達は照子さんの死体を更める為に、そのまわりに集っていた。