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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

あやしい奇蹟のような恐怖感に囚われた山門下の武者輩は、

「あれよ」

「……あれよ」

と、囈言のような声を放って遠巻きに見まもっているだけだった。

ふしぎや、焔の勢いが最も旺んになった頃、快川の眼が二つ白く、火と黒煙の中に、くわっと開いたように感じられた。

間もなく、山門の廂は、ばらばらとくずれ、火塵はまるで華火のように噴きあげて、快川の影も、だんだん黒く変ってきたが、しかもなお曲に懸ったまま倒れもせずに楼上にあるではないか。

その影を失ったのは、山門の大厦が、大きな響きを立てて焼け落ちた瞬間だった。

焼け落ちたのちも、巨大な火の山は、終日、紫いろの余燼をめらめらあげている。そしてようやく夕方には灰になった。

その夜、恵林寺に屯した数千の兵は、大半、快川の夢をみた。いや夢にあらぬものが、あくる日も夢のように、頭につきまとっていたのかも知れない。

「士道を悟った」

心ある者は、そういう感銘をもらした。そして、

「快川のような境地にまでなり得れば、武士、僧侶の差別はない。いわゆる達人の境だ。われわれ、朝にも夕べにも、血腥い戦場を駈け、敵の死を見、友の死を送り、自分の死をも、覚悟はしていながら、戦場以外では、さて、そこまでには成りきれない」