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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

「行き届いたことよ」

と、道中から宿舎まで、隈なく心入れの行き渡っていることを、徳川家の家臣へ、褒めたたえた。

事実、こんどの事に、徳川家康が頭をつかっていることは、なみたいていなものではないらしい。何せい、信長のきげんをとり結ぶのは難しい。まして、満足を感ぜしめるなどは、よほどでなければ求められない。

だから、きょう一日の道中を振り返ってみても、道の悪い所は、石を除き、樹を払い、橋はすべて新しく架けかえてあるし、山坂は土をならし、谷へ降りれば、谷間に茶亭が造られてあり、峰へ登れば、見晴しを計って、お茶屋の設けが待ちうけ、彼処では、里の女が茶を献じ、ここでは思いもうけぬ美人が、山の物を料理し、風光を景物に、一献進上のもてなしがあるなど、かりそめにも一日中の旅を飽かしめないように、あらゆる気心が配られていた。

北条氏政が、苦労して、武蔵野の雉子や、相模の名馬をあつめ、これをうやうやしく献上に出ても、

(気にいらぬ)

とばかり、目にも入れず突っ返したほどな、大ざっぱかと思うと、道々の箒の目にも、宿舎の手洗鉢にたたえてある水にも、真心があるかないか、ひと目で知ってしまう信長の眼であった。