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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

「めずらしい。実に、このように、富士が全姿を見せることは、一年のうちでも、極めて稀です。右府様の富士御見物に、山霊木花咲耶姫にも、雲をはらって、お迎え遊ばしているものと思われます」

徳川家の人々は、富士にも意があるように、口々にきょうの快晴をたたえあった。

「富士。富士」

信長は馬上で幾たびも子どものように讃嘆を発した。

見飽きぬ面持で、

「見たか」

と、扈従の人々へも、感動を求めた。

こういう会心なものに対しながら、やはり平常の如き理性をもって、すこしも表に感激をあらわさない大人どもが、信長には、張りあいがない、飽きたらない。

ふと、彼は、

(秀吉がいたら)

と思ったが、また、

(いや、あれは何度も、見ているかもしれないな)

と、思い返した。

そんなことを考えながら何気なく振り向いた諸大将の列の中に、ちらと、日向守光秀の顔もあった。

(……何だ、あの顔は)

彼のひとみは、翡翠が水底を覗いたときのように、じっと、光秀の面を見ていた。

(彼。すこしも、今日の旅を楽しんでおらぬ。富士に対しても何の興もないらしい。法養寺のことを、まだくよくよしておるな。女々しいやつ)