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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
05 第五分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 197,228 字 · 394 页
泥衣の戦士
妻の声がした。微かな物音でしかなかったが、何とはなく、ものの気配というか――妻と良人の心の通いといおうか――ふと彼女はそこの破れ障子を開けて出て来た。
「おや? ……閉めておいたのに、ここの窓が」
子を抱いて彼女がそこから外を見た時は、もう良人は外にいなかった。
逃げるように、強右衛門は夜更けの道を駈けていた。それは、長篠へ長篠へと、行く先を急ぐ気もちよりは、人間本来の弱さを、意志で鞭打って、家と自分との距離を、一息のまに遠くしてしまいたいためであった。
泥衣の戦士
暁の雲を見ると、町じゅうの馬はいななき出した。
旌旗は戦ぎ出し、貝の音は、おおらかに鳴る。
この朝。
岡崎の城下を発した兵馬は実に夥しい数であった。
小国の領民は、まったく眼を奪われて、
「さすがは、織田どの」
と、その強大な盟国の兵数と装備とを、頼もしくも思い、羨ましくも思った。
織田三万の兵は、これをそれぞれの旗印馬幟から見わけると、幾十隊に分れているか知れなかった。
柴田、丹羽、池田、滝川などの宿将はいうまでもない。
信長一族としては嫡子信忠、弟の信雄も行った。水野、蒲生、森、稲葉一鉄なども従って行く。